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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)992号 判決 1985年3月27日

控訴人

甲井花子

右訴訟代理人

内藤功

北村行夫

飯野信昭

右輔佐人

浦田重治郎

被控訴人

医療法人社団西武病院

右代表者理事

足立良一

被控訴人

山田禎一

被控訴人両名訴訟代理人

門上千恵子

伊藤次男

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人医療法人社団西武病院は、控訴人に対し、金二七万四七七九円を支払え。

三  被控訴人らは控訴人に対し、各自金九三万円及びこれに対する昭和四二年一月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じ、雇用関係存在確認及び賃金請求に係る部分は控訴人の負担とし、損害賠償請求に係る部分は五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

六  この判決の二、三項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が被控訴人医療法人社団西武病院(以下、「西武病院」という。)に対して雇傭契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  被控訴人西武病院は控訴人に対し、金一二〇四万七四七二円及び昭和五三年七月以降毎月末日限り金一八万三四七三円ずつを支払え(当審において請求拡張)。

4  被控訴人西武病院及び同山田禎一は各自控訴人に対し、金一一八万円及びこれに対する昭和四二年一月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決並びに右3及び4について仮執行の宣言

二  被控訴人ら

1  控訴人の控訴(当審において拡張された請求を含む。)をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の主張の付加、訂正

一 原判決二枚目裏一〇行目「原告の」から同末行「一万一〇〇〇円である。」までを「控訴人の賃金月額は、昭和四二年七月から昭和四三年六月までは四万三四六〇円、昭和四三年七月から昭和四四年六月までは四万六五〇二円、昭和四四年七月から昭和四五年六月までは五万〇二二二円、昭和四五年七月から昭和四六年六月までは五万四七四一円、昭和四六年七月から昭和四七年六月までは七万二八〇五円、昭和四七年七月から昭和四八年六月までは八万二九九七円、昭和四八年七月から昭和四九年六月までは九万六二七六円、昭和四九年七月から昭和五〇年六月までは一一万三六〇五円、昭和五〇年七月から昭和五一年六月までは一三万一七八一円、昭和五一年七月から昭和五二年六月までは一四万六二七六円、昭和五二年七月から昭和五三年六月までは一六万五二九一円、昭和五三年七月から一八万三四七三円である。」と改める。

2 原判決三枚目表三行目「昭和四二年」から同四行目末尾までを「昭和四二年七月から昭和五三年六月までの右賃金合計金一二〇四万七四七二円及び昭和五三年七月から毎月末日限り月額金一八万三四七三円ずつの支払を求める。」と改める。

3 原判決六枚目裏二、三行目「内慰藉料一〇〇万円」を「これ」と改める。

4 原判決八枚目裏二行目「抗弁1の事実」の次に「中、被控訴人西武病院主張のように解雇の意思表示が到達したこと」を加える。

5 原判決一〇枚目表六行目「被告西武病院は、」の次に「患者に対して過剰検査を行い、過剰に行われた検査内容に合わせて診療報酬請求書上の診断名を付加し、診断名と検査内容の一致を外観上作出させる作業に控訴人を従事させたり、」を加える。

6 原判決一四枚目表五行目「貼紙をしておいたり、」の次に「第三病棟放射線室にいたころ、自己の机の近くの壁に「ものを言つてくれるな、メモ用紙に名前、住所、年令、出身学校名を書いて持つてきてからものを言え」と書いた紙をはつたり、」を加える。

7 原判決一六枚目表七行目から同裏一〇行目までを次のとおり改める。

(三)(1) そこで、被控訴人西武病院は、同年一月一九日、控訴人を入院させることについて、控訴人の扶養義務者である継母甲井みよ、淑母甲田とし子、実妹甲沢照子、異母妹甲見末子、同甲間町子らに同意を求めたところ、同人らはいずれも「控訴人とは関係がない。被控訴人西武病院で一番よいと思う方法をとつて下さい。」と答えた。そして、右回答の趣旨は控訴人の入院について、同意したものというべきであるが、仮に、明示の同意でないとしても、黙示の同意があつたというべきである。

(2) 仮に右主張が認められないとしても、控訴人は精神分裂病者であつて、病院勤務を引き続きなし得る状態ではなかつたし、控訴人の入院治療は控訴人自身の保護及び健康を第一にした緊急を要する問題であつたので、被控訴人西武病院は、いわゆる緊急避難行為として、控訴人の当時の居住地を管轄する練馬区長に保護義務者となつてもらつた上、同年一月二一日被控訴人山田の経営する山田病院に控訴人を入院させたものであり、被控訴人らの行為に違法性はない。

(3) 仮に右主張が認められないとしても、前記甲沢照子は昭和四二年四月三日控訴人の入院について事後的に同意した。したがつて入院措置に瑕疵があつたとしても、右同意によつて瑕疵は治癒された。

二  控訴人の付加主張

1  控訴人は、従来、仮に控訴人を入院させる必要があつたとしても、扶養義務者の中から保護義務者を選任し、その同意を得て入院させるべきであつたのに区長同意によつて入院させたのは違法であると主張し、これに対して、被控訴人らは、扶養義務者が右同意を拒絶したので区長同意で足りると主張して、扶養義務者の同意がないとの控訴人の主張を認めていたものである。したがつて、その後被控訴人らが控訴人の入院につき、控訴人の扶養義務者らが明示又は黙示の同意をしたと主張するのは自白の撤回であり許されない。なお、仮に、扶養義務者らが「私は控訴人とは関係がない。被控訴人西武病院で一番よいと思う方法をとつて下さい。」と答えたとしても、それをもつて保護義務者の明示又は黙示の同意があつたということはできない。

2  本件同意入院は、以下に述べるように違法である。

(一) 精神障害者が入院する場合、本人が「瑕疵なき同意」をなし得るならば、本人の自由意思を尊重しいわゆる自由入院の方法によるべきであつて、強制入院の方法をとるべきではない。精神障害者の入院であつてもこの自由入院が原則である。

しかし入院の必要がある場合であつても、精神障害者本人が「瑕疵なき同意」をなし得ないこともある。精神衛生法はこのような場合に対処するため措置入院(同法二九条)、緊急措置入院(同法二九条の二)、同意入院(同法三三条)、仮入院(同法三四条)の各強制入院制度を設けている。

このうち、精神障害者の入院の必要性が強く、緊急を要する場合にとられる強制入院制度が、緊急措置入院と措置入院である。いずれも精神障害者に「自傷他害のおそれ」があることを要件とし、かつ法定の手続を経ることを条件に認められているものであり、特に緊急を要する場合に用いられるのが緊急措置入院である。これらは、本人の意思を無視してその身体を拘束する強力な制度であるため、違法・不当な強制入院が行われないよう、あるいは行われた場合に対処するため、要件・手続が厳格に定められているのみならず、入院期間に制限を設け(緊急措置入院)、あるいは事後的救済制度を設けるなど入院者の人権保障に配慮している。それでも、措置入院制度運用の実態は、「自傷他害のおそれ」が広く解されて不当な入院が存在する、との批判がなされているように、措置入院制度は濫用の危険が存在するし、本件不法行為発生当時(昭和四二年ころ)は、現在よりも措置入院要件が緩やかに解され、制度の濫用が問題とされていたのである。本件でも、被控訴人西武病院は、控訴人を措置入院させようとしたが、安易に措置入院がなされていた当時においても、なお控訴人の症状をもつてしては措置入院は不可能であつたことは注目に値する。

ちなみに、仮入院の制度は、「精神障害の疑いがあつて、その診断に相当の日時を要する」場合に許される強制入院制度であり、他の強制入院制度が確定的に精神障害ありと診断された者のみを対象とし、単なる「疑い」のみが存在する者は含まれていないことと異つている。

精神障害者であることが明らかであつて、入院の必要性が認められるが、自傷他害のおそれがなく措置入院させるだけの入院の必要性及び緊張性を欠く場合に用いられる強制入院制度が同意入院である。この制度は「保護義務者の同意」を入院の要件としているものであり、精神障害の程度が、入院か否かの判断を「保護義務者」に委ねても差し支えない程度に入院の緊急性・必要性が弱い場合に機能するのである。したがつて、たとえ精神科医が入院の必要性を認めても、精神医療の専門家ではなく、単に家族生活上の監護者あるいは扶養義務者にすぎない保護義務者が同意を拒否すれば本人を入院させてはならないとされているのである。また強制入院制度の一つであるにもかかわらず、措置入院のような事後的救済制度が設けられていないのは、保護義務者が確実に精神障害者本人の利益を考え、慎重に同意権を行使すべきことが、法によつて期待されているからである。以上のことは同意入院制度の運用上十分考慮すべきことである。

(二) 精神衛生法二〇条は、保護義務者となる者を後見人、配偶者、親権を行う者、扶養義務者に限定し、同法二一条は、「前条第二項各号の保護義務者がないとき又はこれらの保護義務者がその義務を行うことができないとき、」には市町村長が保護義務者となると規定している。すなわち、保護義務者が誰であるかは同法二〇条がその原則を規定し、同法二一条はそれを補充する予備的、例外的場合を規定しているのである。このことは右各条文の文言から明らかであるが、さらに、精神障害者の保護者としては、市町村長よりも、同法二〇条所定の監護、扶養義務者の方が勝つていることからも首肯し得るところである。仮に、市町村長を精神衛生法二〇条に規定する者と並列的に保護義務者にすると、市町村長としての公共的立場、すなわち、治安的発想から同意入院制度が悪用される可能性が生ずることになり、また同意入院の場合、本人あるいは扶養義務者らに何らの救済手段が与えられていないので不当な結果を招来することになるのである。

以上の原則、例外の関係を踏まえるとき、市町村長(本件では区長)が保護義務者となり得る場合は、同法二〇条一項に規定する者が存在しないとき、又は、調査・捜索が合理的に、相当に行われたにもかかわらず、その存否・行方が分からないときに限られるべきである。

もつとも、扶養義務者が複数存在するが、同法二〇条二項四号の家庭裁判所による選任がなされていない場合が問題になり得るが、家庭裁判所に対し保護義務者の選任申立てが未だなされていない場合は、市町村長が保護義務者となることは許されない。なぜなら、この場合は保護義務者となるべき扶養義務者ら全員が、保護義務者を選任する必要はないと判断するか、又は入院させるつもりはないと考えている場合もあり得るからである。このような場合に市町村長が保護義務者として入院に同意することは同法二〇条、二一条の趣旨、目的を逸脱し許されない。また選任の申立てをなすのが待てないほど緊急に入院の必要がある場合には、前記のとおり緊急措置入院、措置入院の制度が用意されているのであつて、それを潜脱するために市町村長の同意を得て同意入院させることは違法というべきである。ただし、家庭裁判所に申立てをしてから選任がなされるまで相当の期間が経過するのが現実であり、その結果、緊急に入院させる必要こそないが、早く入院の同意をすることがより望ましいと保護義務者たりうる扶養義務者らが判断している場合にも、保護義務者たりうる者が単数なら即時入院の同意を表明し得るのに、たまたまそのような者が複数であるときには相当の期間経過後でなければ同意し得ないという事態が生じ得る。このように、同意の意見があるにもかかわらず、保護義務者たり得る者の単数、複数という偶然の事情によつて同意の時期が遅れ、かえつて本人の利益に反することになるのは不当であろう。したがつて、このような場合には、扶養義務者が市町村長に対して保護義務者としての同意権の発動を求めた場合に限り、市町村長は保護義務者として入院に同意することができると解し得る。この場合、市町村長に対して保護義務者としての同意を要請し得る者は本人の扶養義務者でなければならず、他の第三者が右要請をなし得ないことは、以上の例外を認める趣旨から当然である。そして、これはあくまでも暫定的なものであるから、できる限り早い時期に保護義務者を選任すべきものであることはいうまでもない。

なお、扶養義務者らが保護義務者となる前から同意入院に反対している場合や、保護義務者となることに強く反対しているような場合のように、区長同意が扶養義務者らの同意によつて交替され得る可能性のない場合には、区長同意による同意入院は許されないと解すべきである。もし、かかる場合にも区長が同意し得るとすると、保護義務者たりうる扶養義務者の同意の事前拒絶にかかわりなく区長が同意し得ることとなり、二一条は補充規定ではなく、代替規定となり、それは二〇条二項四号以外の全ての場合に押し広げられて適用される結果となり、区長同意のケースが法意に反して不当に広がるからである。

(三) 精神衛生法二三条は、精神病院の管理者が直接診察、診断することを要求しているのであり、精神病院の管理者が精神科医を雇用し、その医師に診察、診断をさせている場合には、少なくとも直接診察に当たる医師の診察、診断の結果を精神病院の管理者がチェックし、入院の要否を管理者自らの責任で判定することを要求しているのである。

そして、精神病院の管理者は右診察の結果、精神障害者であると診断し、かつ、医療及び保護のため入院の必要があると認めた後に、家族(保護義務者ないし、保護義務者となり得る者)に対する説明、説得をなし、その同意を得た後に入院をさせるべきである。

そもそも、精神障害者か否か不明の段階で、あるいは、精神障害者であつても入院の必要性の存否が明らかでない段階で入院に同意することは不可能であるし、医師としても診察、診断をなさずに保護義務者に入院の必要性を説くことはできない。

そして、本人の利益に反する人権侵害をもたらすような同意入院を防止する観点からして右の順序を逆にすることは許されない。

すなわち、保護義務者にあらかじめ同意することを許すとすれば、いわば「やつかい者を病院に送る」あるいは「都合の悪い人間を精神障害者に仕立て上げる」という危険が生じ、一方、精神病院の管理者が診察前に入院の同意を得た場合は、病院経営の観点から恣意的に入院させるおそれが生じ、入院の必要のない精神障害者、あるいは精神障害者でない者が入院を強制される結果が生じ得るのである。

(四) 以上述べたところによれば、本件において、控訴人が精神障害者であり、同意入院を要する場合であつたとするならば、診察依頼を受けた山田病院としては、次のような手続を経るべきであつた。すなわち、まず、山田病院の管理者において控訴人の扶養義務者に対する説明、説得をなし、扶養義務者が控訴人を入院させるべきであると考えた場合には、家庭裁判所に対し、保護義務者選任の申立てをなし(控訴人の扶養義務者が右選任がなされる前に控訴人を入院させたいと考えたときは、区長に対し保護義務者としての入院同意をするよう要請する。)、家庭裁判所が選任した保護義務者の同意を得た上で入院させるべきであつた。

ところが、本件においては、入院前に精神病院の管理者による診察、診断が行われなかつた。すなわち、本件においては、平野医師が被控訴人西武病院において控訴人にイソミタールを注射し、同人を入眠させた行為をもつて入院行為の着手というべきであるが、それ以前において、控訴人が入院させられた山田病院の管理者である被控訴人山田が控訴人を診察、診断したことはなかつた。

また、本件においては、精神病院の管理者による診察、診断と保護義務者の同意の順序が完全に逆転している。すなわち、被控訴人山田が練馬区長あてに保護義務者同意願を提出したのは昭和四二年一月二〇日であるのに、精神病院の管理者による診察、診断がなされたのは、同月二一日以降である。

さらに、精神病院の管理者が扶養義務者に対し、控訴人の診断結果及び入院の必要性などを説明し、同意を求めたことは全くない。被控訴人山田は控訴人に扶養義務者が存在することを知つていたにもかかわらず、控訴人を入院させることに急で、あえて扶養義務者を無視し、直ちに区長同意を求めるという違法を犯したものである。

また、本件は保護義務者となり得る者(扶養義務者ら)が存在し、扶養義務者らは全員控訴人の入院を拒絶していたのであるから、区長同意を求め得る事案ではなかつた。

(五) ところで、本件入院当時、被控訴人西武病院と控訴人とは、控訴人の解雇問題をめぐつて団体交渉中であり、対立関係にあつたので、控訴人の入院問題については、被控訴人西武病院は特に関与すべきでない関係にあつた。しかるに被控訴人西武病院は控訴人を強制入院させて病院から追放すべく画策し、本来控訴人の扶養義務者らが行うべき診察依頼及びその後の手続を、右扶養義務者らを排除して一方的に行い、山田病院に対しては、あたかも控訴人が精神分裂病であり、直ちに入院させねばならないかのように働きかけ、これを受けた被控訴人山田は医師としての主体性を放棄し、安易に被控訴人西武病院の説明を信じ、診察入院などの法定の手続に違反し、あるいは無視し、結局前記のような違法入院をあえて行つたのである。以上のように、控訴人の使用者として対外関係に立つ被控訴人西武病院が本件違法入院の中心的役割を演じ、被控訴人山田を中心とする山田病院が軽率に違法入院手続を実行したのが本件違法入院である。

なお、精神障害者の入院の必要性、緊急性が強い場合は、措置入院等の手続がとられるべきことは前述したとおりである。被控訴人らが、区長同意による同意入院を強行した本件において、ことさらに、入院の緊急性を主張するのは、他に本件入院の正当性を根拠づける事実が存在しないからにほかならない。

3  被控訴人らは、控訴人の妹である甲沢照子が控訴人の入院を事後的に同意した旨主張するが、精神衛生法二三条の同意は、保護義務者の同意であつて、単なる扶養義務者の同意では足りない。したがつて右甲沢照子の同意は、同法三三条の同意に当たらない。

また、同意を欠く強制入院の違法性が、事後の同意によつて治癒されるとの主張は失当である。同意は入院の時点の病気の状態、入院の必要性などに基づいて判断するものであつて、事後的な同意があつたとしても、先行的に同意なく行われた入院手続の違法を治癒するものではない。

仮に、同意の効力が遡及するとの考えを認めるなら、医師は同意が得られない間、不当に入院を続行することによつて扶養義務者らから形だけの同意をとりつけ、もつて自己の作出した違法状態が治癒されたと主張することも可能となり、不当な結果を招くことになる。

理由

第一雇用関係存在確認請求について

一被控訴人西武病院が昭和三三年八月に控訴人を雇用したこと及び同被控訴人が控訴人に対して昭和四二年一二月三一日付け書面をもつて解雇の意思表示をし、右意思表示が昭和四三年一月一〇日に控訴人に到着したこと(以下「本件解雇」という。)は、いずれも当事者間に争いがない。

二控訴人は、本件解雇は解雇権の濫用であると主張するので、以下この点について検討する。

1  経歴詐称

控訴人は、控訴人の経歴詐称が本件解雇理由の一つとなつていることが不当であると主張しているが、<証拠>によれば、本件解雇は、控訴人が精神障害により業務に堪えられないことを理由とするものであつて、控訴人主張の経歴詐称は本件解雇の理由にはなつていないことが認められ、これに反する証拠はない。

したがつて、控訴人の右主張は、その他の点について判断するまでもなく採用することができない。

2  精神障害

次に、本件解雇は、後記認定のように、控訴人が精神分裂病により業務に堪えられないことを理由とするものであると認められるところ、控訴人は、右解雇理由は根拠を欠くものであると主張するので、以下、右解雇理由の存否について検討する。

(一) 控訴人の生活歴及び解雇の経緯

<証拠>によると、次の事実を認めることができる。

(1) 控訴人は、大正一四年七月一八日、亡甲井一雄、同ミサの二女として出生し、昭和一八年三月東京府立第○高等女学校、同二四年三月旧制東京女子医専(東京女子医科大学)を卒業した。

(2) 控訴人は、昭和二五、六年ころ、亡父一雄の三度目の妻みよのもとに住んでいたが、当時、控訴人の叔父で医師であつた甲田立夫が控訴人の面倒をみてくれないと言つて異常な行動に出ることがあつたので、控訴人の義母にあたる右みよ、実妹甲沢照子らが相談し、東京女子医専の加藤医師の診察を受けた上、昭和二六年四月から同三〇年八月ころまで国府台病院神経科に入院し(控訴人が右期間右病院神経科に入院していたことは当事者間に争いがない。)、さらに、昭和三一年三月一三日から同年一一月二二日まで慈雲堂内科病院に精神分裂病(妄想型)の病名で入院した(控訴人は、同病院の閉鎖病棟に入つていたが同病院の処遇に不満を抱き外出した機会に同病院を無断で退院した。)。

(3) そして控訴人は昭和三二年一〇月から同三三年四月まで更生保護施設「東京光の家」に勤務した後、昭和二三年八月被控訴人西武病院に給食課職員(まかない婦)として就職し、その後、放射線科検査室、外来予診室などと職場を換え、昭和三八年一月から院長秘書を務めていた(控訴人が右のとおり被控訴人西武病院の各職場を異動したことは当事者間に争いがない。)。

なお、控訴人は昭和四一年四月から同年九月まで鶴見女子大学図書館学科(夜間)の講習を受け、司書の資格を得た。

その間、控訴人は昭和三八年五月一二日、職場精励により、被控訴人西武病院の表彰を受け、同四一年五月一九日、救急医療の功労により、東京救急病院協会の表彰を受けた(右各表彰の事実は当事者間に争いがない。)。

(4) 被控訴人西武病院は、昭和四一年一二月七日、控訴人に精神障害があるなどの理由で同人を解雇したが(以下「第一次解雇」という。)、控訴人は、その前日の昭和四一年一二月六日、東京医療単一労働組合(以下「組合」という。)に個人加入しており、同組合が右解雇の撤回などについて団体交渉をした結果、被控訴人西武病院は、同年同月二六日、右解雇を撤回した(組合加入及び解雇の撤回の事実は当事者間に争いがない。)。

(5) しかし、被控訴人西武病院は、控訴人に精神分裂病の前歴があり、病院業務に従事させるのは適当でないと考えていたので、前記甲井みよ、叔母甲田とし子などに控訴人を引き取つて静養させるように求めたが、その承諾が得られなかつたので、昭和四二年一月一六日、東京都衛生局医務部精神衛生課に、精神衛生法二三条に基づく診察及び保護の申請をしたところ、控訴人については強制入院の必要はないが精神分裂病の疑いがあるので専門病院に入院された上、詳細観察の要があるとの鑑定がなされた。そこで、被控訴人西武病院は被控訴人山田が経営している山田病院に対し、控訴人についての診察及び医療を求め、その結果、控訴人は、同年同月二一日、山田病院に入院させられた。なお同日付けで練馬区長須田操の入院同意書が作成されている。

(6) 控訴人は、右入院後三か月経過した同年四月二二日に同病院を退院し、その後、組合と被控訴人西武病院との間において、右入院措置についての抗議、控訴人の復職などについての交渉が行われていたが、組合は同年一二月二九日被控訴人西武病院に対し、控訴人の件については一切関係しないことになつた旨を通知したので、被控訴人西武病院は、同年同月三一日付けをもつて本件解雇を行つた。

(7) 控訴人は本件解雇後、東京都世田谷区玉川福祉事務所(昭和四三年九月から同年一〇月まで)、東京都江戸川税務事務所(同四四年三月から同年四月まで)、津端病院(同四四年四月ころ)などで働いた後、昭和四六年九月一日、特別養護老人ホーム「有隣ホーム」に寮母として就職したが、昭和四九年六月末ころから同ホームにおける勤務の適性が問題となり、昭和五〇年三月三一日付けで解雇された。そして、右解雇をめぐつて交渉が行われた結果、昭和五一年二月一三日、右解雇を任意退職とすることなどを内容とする協定が成立した。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 被控訴人西武病院における控訴人の精神病を疑わせるような奇行の存否

<証拠>によれば、被控訴人西武病院には研究員なる職種はなく、控訴人が研究員を命ぜられたこともないのに、控訴人は、昭和四一年ころ右病院内で研究員と自称していたこと、被控訴人西武病院の就業時間は午前八時三〇分から午後五時までであるところ、控訴人は、当時同病院内に住み込みで勤務していたとはいえ、昭和四一年七月一日から同月五日まで、同年八月一日、三日、五日、六日、同年九月三日、四日、同年一〇月三日から五日までの各出勤日には午前〇時ないし午前〇時四五分というような通常の出勤時刻とは著しく異なる出勤時刻に出勤したとして、右各時刻にタイムカードの打刻をし(そのほかにも、午前五時前、午前六時前などの出勤がある。)、しかも、右各出勤日の退出時刻は、八月六日が午後八時五八分、八月三日、四日、九月四日、一〇月三日、四日が年後一〇時から午後一一まママでの間、その他は午後一一時過ぎの深夜に及んでいること、控訴人は、昭和四一年一〇月ころ、上司の指示を無視して単独で被控訴人西武病院の第三病棟方射線断層撮影室内に自己の机を移し、同室の壁に、用件のあるものは、氏名、年令、本籍、出身学校名を書いてから用件を言うようにと書いた紙をはりつけたこと、控訴人は、同年一一月二五日ころ、被控訴人西武病院の院長の命により、当時控訴人が保管していた同院長のノートを取りに来た同病院職員に対し、「執達吏のようなことをするな。」と言つてこれを追い返し、同日、右ノートを郵便小包に包装し、差出人を「新宿区柏木一ノ五三東京医科大学常務理事三輪新一先生気付甲井花子」と記載して同院長あてに郵送したことが認められ<る。>そして控訴人は、当審における本人尋問において、控訴人は深夜残業して診療報酬請求の事務をしていたのであり、被控訴人西武病院の勤務体系は不明確で低賃金であつたので、当然の権利として勤務どおりにタイムカードに打刻したものである。そして、他の職員にもそうするように勧めていたと供述しているが、右のような事情並びに控訴人が被控訴人西武病院に住み込みで勤務していたことを考慮したとしても、控訴人の前記勤務状況は、通常人の勤務状況とは著しく異つているといわざるを得ない。

また、控訴人は原審における本人尋問(第一回)において、院長にノートを書留小包で郵送したのは、郵送した昭和四一年一一月二五日は控訴人の公休日で、発送時刻ころは院長は不在であろうと思い、また、院長の机の上に置くだけでは、誰かに見られたり紛失したりすると大変だと思つたからであり、送り主を前記のように三輪新一先生気付甲井花子としたのは、西武病院の事務長が患者のものでも開封することがあつて、非常に不快なので控訴人はよく郵便局へ郵便物を取りに行つていたこともあつたし、同一住所から発送するということは郵便局で受け付けてくれないのではないかと考え、スムーズに受け付けてもらうためであつたと供述し、当審においては、当時控訴人と院長とは、感情的に険悪になつていたので、院長の顔を見たくなかつたし、前記病院職員に手渡してなくなるよりも確実に届けたほうがいいだろうと思つて、郵便局から発送したと供述しているが、右各供述内容は、いずれも通常人の考えるところとは著しく異つているといわざるを得ず、前記認定のように院長にノートを郵送したことの理由を合理的に説明し得るものではないといわざるを得ない(これらの点につき、原審証人福井東一は、控訴人の右各行為にはそれなりの理由があり、了解し得るから異常とは思われないと述べているが、これを採用することはできない。)。

また、<証拠>によれば、控訴人は、昭和三九年八月ころ、当時被控訴人西武病院に勤務していた平一輝と口論した際、同人から「馬鹿野郎」と言われたことを石神井警察署に届け出たこと、昭和四一年一一月ころ、縦書で左から右へ「小西次長殿 九年間、有給休暇を一日もとつていないので、昭和四一年十一月二十八日(月)より八年分をまとめていただきます に付てお届けしておきます 甲井はな子」と記載した休暇届を提出したこと、控訴人は、そのころ、控訴人の居室から外部に光がもれるのを防ぐため、ドアの上部の天窓を黒いカーテンでおおつたほかに、ドアのすき間部分(ドアと柱の間)にも黒い厚紙をあてがつていたこと及び控訴人は、西武病院内に居住していたものであるが、自己の不在中に部屋の中を見られているのではないかと気になり、外出する際にはドアにセロテープをはつて封印していたこと(原審証人福井東一は、独身女性は、その外出中に部屋に入られては困る場合には、ドアに色々と細工をするものであると述べているが、右のような行為が一般的であるとは考えられない。)が認められ、控訴人のこれらの行動も通常人の行動とはやや異なるものであると考えられる。

なお、被控訴人西武病院は、控訴人が事務員恵比木京子の机の上に新聞紙を敷き、その上に塩を盛り箸を立て、脇に内容のよく分からないのろいのような文章を書いて置いたと主張しているが、右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、また、控訴人が栄養士山田昌子と同室していた当時、自己の机の上に右同様に塩盛りをし、その脇に赤鉛筆で「私が一生生きている限り口をきかないでくれ。理由をきく必要なし。」との文書をはり紙したと主張し、<証拠排斥略>他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) 医師の診断

次に控訴人の病状については、鑑定医大倉正三、医師平野源一、同山田禎一(被控訴人)の各診断が存するので、以下、右各診断の内容について検討する。

(1) 鑑定医大倉正三の鑑定

鑑定医大倉正三作成(精神衛生吏員菅原昇立会)の精神衛生鑑定書(前出甲第一八号証、以下「大倉鑑定書」という。)によれば、大倉正三鑑定医は、被控訴人西武病院のした前記精神衛生法二三条による診察及び医療保護申請に基づき、昭和四二年一月一八日一三時四五分から同一四時一五分までの間、控訴人を診察し、その結果、控訴人には、精神分裂病の疑いがあるが、強制措置入院の必要はなく、専門病院に入院の上、詳細観察の要ありとの判定をしたことが認められる。

すなわち、大倉正三鑑定医は、控訴人に精神分裂病の疑いはあるが、控訴人が精神分裂病であると診断したものではなかつた。なお、大倉鑑定書は、控訴人の「現在の状態像」として、「幻覚妄想状態」欄の「2 妄想」の箇所に該当の丸印を付しているが、同鑑定書の現症記載欄には、妄想に関する具体的事実の記載がないばかりか、「幻想、妄想については否定」と記載されているので、右鑑定書により控訴人に幻覚、妄想があると認めることはできない。

(2) 医師平野源一の診断

当審証人平野源一(精神科医師)は、同証人が、昭和四二年一月二一日、被控訴人山田から控訴人を往診するように頼まれ、同日、西武病院へ赴き、同病院事務長から控訴人の経歴、異常行動などを聞いた上、控訴人に対し、控訴人が自分の部屋をセロテープで目張りしたこと、控訴人に話しかける者は、生年月日、氏名、学歴などを名乗るようにとのはり紙をしたこと、控訴人が夜中に病院内をはいかいすることなどについて質問したところ、控訴人は、目張りの件について、最初は、部屋の明りが外にもれて他に迷惑をかけるのを気にして明りが外にもれないようにしたと答えていたが、そのうちに、他人が控訴人の部屋をのぞきに来る気配や足音がするので目張りをしたと答え、はり紙の件については、仕事が忙しいので他から邪魔をされたくないということと、いろいろと自分にさぐりを入れる人が多いので、身分がはつきりしないと安心して話ができないからであると答え、深夜の行動については、仕事が忙しく残業をしなければならないことと、控訴人が自分の部屋にいると、隠しカメラで観察されたり、それをレントゲン室で操作しているのではないかと感じることがあり、レントゲン室にいるとそのような心配がなく安心できるなどと答えたので、控訴人には注視妄想、被害妄想があり、精神分裂病であると診断したと証言している。しかしながら、<証拠>によると、控訴人は平野医師往診の三日前の昭和四二年一月一八日に精神鑑定医大倉正三の問診を受けたが、その際には幻覚、妄想の事実を否定していること、平野医師は、後記認定のように、控訴人の意思を抑圧し、同人を強制的に精神病院へ入院させるという重大な行為をしたものであり、このような重大な行為をなす以上、医師としては、当然その診察の結果を記録にとどめるべきはずであるのに(医師法二四条一項参照)、平野医師は控訴人に前記のような幻覚、妄想が存するという重要な事実を何ら記録にとどめておらず、また控訴人の診察を依頼した被控訴人山田に対しても右事実を報告していないこと(被控訴人山田の当審における供述中には、同人が平野医師から控訴人の症状の詳細について報告を受けたかのように供述している部分があるが、右供述部分は前記平野証人の証言に照らし、たやすく採用することができない。)、控訴人は、山田病院に約三か月入院し、その間精神科医師の問診を受けたが、平野医師が証言しているような幻覚、妄想の存在をうかがわせるような応答は何もしていないことが認められ、右事実並びに<証拠>によれば、控訴人は仕事が忙しく深夜も仕事をしていたこと及び部屋の明りが外にもれないようにドアの周りに黒い厚紙をあてたことは認めているが、他人が控訴人の部屋をのぞきに来るので目張りをしたとか、隠しカメラで観察されたり、それがレントゲン室で操作されているなどということは全く述べておらず、控訴人が平野医師から右のようなことを質問されたり、答えたりしたこともないと供述していることなどを併せ考えると、平野証人の前記幻覚、妄想に関する証言を直ちに採用することはできない。そして、前記平野医師は、控訴人の前記のような幻覚、妄想がいつ衝動的に爆発するかも知れない状態であつたので控訴人を精神分裂病と診断したと証言しているが、右幻覚、妄想に関する同証人の証言を採用することができない以上、平野医師の右診断の結果も採用することができない。

(3) 医師山田禎一の診断

<証拠>によれば、被控訴人山田は、昭和四二年六月二四日、控訴人は精神分裂病に罹患しており、当分治癒見込みはないと診断したことが認められるので、右診断の当否について検討するに、<証拠>によると、被控訴人山田は、控訴人が山田病院へ入院する前に、控訴人には前記(二)において認定したような異常行為(タイム・レコードの件、院長のノートを郵送した件、はり紙の件など)があることを被控訴人西武病院から聞いていたこと、控訴人は山田病院に入院した直後ころ、被控訴人山田の問診に対し、控訴人は東京女子医専医学部を出てインターン中に、加藤正明医師の勧めにより、国府台病院神経科に四年間入院していたと答えたこと、そこで、被控訴人山田は加藤正明医師に電話して控訴人の病歴、治癒方法、同医師の意見などを問い合わせたところ、控訴人は精神分裂病であつたが、控訴人が精神科の閉鎖病棟へ入ることを承諾しなかつたので、医師の指示には必ず従うとの約束で一般病棟に入院させたとのことであつたこと、被控訴人山田は、控訴人を見舞いに来た同人の実妹の甲沢照子からも控訴人は東京女子医専を出てインターン中に精神分裂病に罹患したため医師の国家試験が受けられなかつたこと及び控訴人の性格は冷たく自己本位なところがあり、親子姉妹の情愛が薄くとまどいを感じることがあることなどを聞いていたこと、控訴人は、山田病院入院中、周囲の患者と談笑することが全くなく、毎日ベットで読書するかノートを書くなどして、自分一人の殻に閉じこもつた生活をしており、興奮したり、攻撃したりすることもなく、看護婦に対しても従順であつたが、心の通い合いが全くなく、話し方も単調で機械的であり、情緒障害、意欲障害があると判断されたこと、控訴人は、昭和四二年四月二二日、同人と甲沢照子の希望で山田病院を退院したが、その際、控訴人はそれまで対人関係で何度も失敗しているので図書館の司書となり本の中に埋つて生活したいと言つていたこと、精神分裂病については治癒という用語が使われておらず、寛解という言葉が使われ、完全寛解、不完全寛解、社会的寛解などと使い分けているが、これは精神分裂病は、再発しないという保障がなく、再発をくり返す場合が多いからであること、被控訴人山田は、控訴人には前記のような異常行動があり(控訴人は右異常行動の理由を説明するが、その思考内容が通常人のそれと異なつているので通常人の行動として了解することができないことは前記したとおりである。)、さらに、情緒の鈍麻、意欲の減退、知情意のバランスの欠如などが見受けられたので、控訴人の精神分裂病は完全に寛解しておらず、病院勤務に適応できる状況ではないと考えていたが、本人の希望もあり、また、日常生活において特に支障のある症状でもなかつたので、薬だけは服用するように指示して控訴人の退院を許したものであること、被控訴人山田の前記診断は、控訴人が同年四月二二日に山田病院を退院したときの症状に基づくものであるが、同人が前記のように未治癒の状態で退院したものである以上、右病状の性質からみて、右診断書発行当時においても、当分治癒する見込みなしと診断することが、あながち、精神科医の常識に反するものではないことが認められ、右事実に照らして考えるならば、被控訴人山田の前記診断には特に不合理な点があるということはできない。

ところで、成立に争いのない甲第四四号証(精神科医師浦田重治郎の意見書)によれば、浦田医師は、山田医師の診断は、控訴人と利害が対立していた被控訴人西武病院から得た誇張された虚偽の情報に基づく、診断であり、診断に必要な情報の収集、確認が十分になされていない、また、控訴人の症状は、控訴人の解雇問題あるいは控訴人が西武病院の不正行為に関与させられたことを原因とする神経症圏の症状である可能性もある、との意見書を作成しているので、この点について一言するに、被控訴人西武病院が主張している控訴人の奇行の中には確かに存否不明のものも存するが、少くとも、控訴人には前記認定のような異常行動があつたことは事実であり、右認定の異常行動からしても、控訴人の異常性をうかがうことができるものであるが、被控訴人山田は、さらに、控訴人に対する問診あるいは控訴人の実妹甲沢照子及び加藤正明医師などから必要な情報を収集し、さらに入院中の控訴人の様子を三か月間直接観察した上で、前記のような診断を行つたものであるから、被控訴人山田の前記診断は、信用するに足りるものというべきである。

また、控訴人の前記認定の異常行動は、控訴人の解雇問題が生じる以前に現われていたものであり、前記認定のような諸事情に照らすと、控訴人の症状は単なる神経症圏のものということはできず、前記浦田医師の意見を採用することはできない。そして、<反証排斥略>他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(四) 以上(一)ないし(三)に述べたところを総合して判断すると、控訴人は、山田病院に入退院した当時、幻覚症状あるいは自傷、他害などのおそれがあつたとはいえないが、知情意のバランスを欠き、自閉的で、異常な行動に出る傾向があり、精神分裂症状にあつたと認めるのが相当である。

3  控訴人の勤務状況

次に、控訴人の西武病院における勤務状況についてみるに、控訴人には前記2(二)において認定したような異常行動があつたほか、<証拠>によれば、控訴人は上司から新しい事務室に移るように指示されたり、朝の集会に出席するように注意されたにもかかわらず、これを無視していたこと、職員との折合いが悪く協調性に欠けていたため上司及び他の職員が困惑していたこと、離席が多かつたことなどが認められ<る。>

4  以上によれば、被控訴人西武病院は、控訴人が精神分裂病者であり、同病院における勤務に支障があると判断して本件解雇を行つたものであり、本件解雇には相当の理由があるというべきである。

以上により、控訴人が病院内部のさまざまな違法行為について精通していたため、これを恐れた被控訴人西武病院が控訴人を精神病者に仕立て上げ、本件解雇をしたものであるとの控訴人の主張を採用することはできない。

三不当労働行為

次に、控訴人は、本件解雇は、控訴人が労働組合の組合員であること及び正当な組合活動をしたことを理由とする不利益取扱いであるから不当労働行為に該当し無効であると主張するので、この点について検討するに、控訴人が昭和四一年一二月六日東京医療単一労働組合に個人加入をしたこと、被控訴人西武病院が同年同月七日付けで第一次解雇の通告をなし、同年同月二六日に右通告を撤回したこと、被控訴人西武病院が昭和四二年一月一九日付けの組合の団交申入れを事務長不在の理由により拒否したことはいずれも当事者間に争いがない。

<証拠>によると、被控訴人西武病院は、控訴人が組合に加入する以前に、控訴人には前記のような解雇事由があると判断して、同人を解雇しようとしていたところ、右解雇を察知した控訴人が急拠組合に加入し、その援助を求めたため、被控訴人西武病院と組合とが団体交渉をするようになつたものであること、被控訴人西武病院は、組合の要求によりいつたん第一次解雇を撤回したとはいうものの控訴人を解雇する意向を放棄したわけではなく、組合との間で控訴人の病状を確認した上で、控訴人を解雇するべく、前記組合と団体交渉を続けていたが、昭和四二年一二月に至り、組合から、同月末日をもつて控訴人の解雇問題から一切手を引くことになつた旨の通告を受けたので、被控訴人西武病院は改めて本件解雇を行つたものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、右事実並びに控訴人には前記のような解雇事由が存することを併せ考えると、本件解雇が控訴人主張のような不当労働行為に当たるということはできない。

以上によれば、本件解雇は有効というべきであるから、右解雇の意思表示が控訴人に到達した昭和四三年一月一〇日をもつて、被控訴人西武病院と控訴人との雇用関係は終了したというべきである。

したがつて、控訴人が被控訴人西武病院との間に、雇用関係の存在することの確認を求める請求は理由がない。

第二賃金請求について

次に控訴人の賃金請求について判断するに、控訴人が昭和三八年八月被控訴人西武病院に雇用されたこと及び控訴人が昭和四二年七月一日以降の賃金の支払を受けていないことはいずれも当事者間に争いがなく、被控訴人西武病院と控訴人との間の雇用契約が昭和四三年一月一〇日に終了したことは前記認定のとおりである。

したがつて、控訴人が昭和四三年一月一〇日以降の賃金請求権を有しないことはいうまでもない。

ところで、被控訴人西武病院は、控訴人は昭和四二年七月一日以降においても精神障害が治癒しなかつたので、控訴人を引き続き就労させないこととしたので、同日以降の賃金は発生しないと主張し、<証拠>によれば被控訴人西武病院は、昭和四二年七月一日以降、控訴人が同病院内へ立ち入ることを禁止し、山田医師の治癒の判定がない以上、控訴人を勤務に就かせることはできないとして、その旨を組合及び控訴人に通告していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。しかしながら、前出各証拠によれば、被控訴人西武病院は、控訴人について昭和四二年一月一日から同年六月三〇日までを休職としたが、組合がこの取扱いに抗議をしたので右期間中も控訴人に対し給料の全額を支払つたこと、被控訴人西武病院は、控訴人を退職させるか復職させるかの最終決定を昭和四二年一二月中に行う考えであつたこと、そして前記認定のように、被控訴人西武病院は同年同月三一日付けをもつて本件解雇の意思表示を行い、それが昭和四三年一月一〇日控訴人に到達して解雇の効力が生じたことにかんがみると、控訴人と被控訴人西武病院との雇用契約は昭和四三年一月一〇日まで存続していたものというべきであり、そうである以上、控訴人は被控訴人西武病院に対し、昭和四三年一月一〇日までの賃金を請求し得るというべきである。

そこで、右金額について計算するに、控訴人の昭和四二年七月から昭和四三年六月までの賃金が月額四万三四六〇円であることは当事者間に争いがないので、右金額に基づいて昭和四二年七月一日から昭和四三年一月一〇日までの賃金を計算すると二七万四七七九円となる。

したがつて、控訴人の賃金請求は右金員の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

第三損害賠償請求について

次に控訴人は、被控訴人らが控訴人を山田病院に入院させたことは不法行為に当たると主張するので、この点について検討する。

一精神衛生法

精神衛生法は、精神障害者のいわゆる同意入院について「精神病院の管理者は、診察の結果精神障害者であると診断した者につき、医療及び保護のため入院の必要があると認める場合において、保護義務者の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を入院させることができる。」(三三条)と規定するとともに、病院の管理者に、入院中の患者に対する一定の強制権限を付与し(三八条)、他方、不当な同意入院を防止するため、精神病院の管理者は、右同意入院の措置を行つたときには、一〇日以内に、保護義務者の同意書を添えて、もよりの保健所長を経て都道府県知事に一定の事項を届け出るべきことを義務付け(三六条一項)、その場合に、都道府県知事は、必要とあれば、二人以上の精神衛生鑑定医に診察をさせ、入院継続が必要であるということに一致した診断のない場合には、退院命令を発することができる旨を定めている(三七条一項)。そして、右届出義務の違反及び退院命令の違反に対しては一定の制裁が科されることになつている(三六条二項、三七条二項)。右のように、精神衛生法は、精神障害者の入院に関して、精神病院の管理者に一定の権限を付与するとともに、同意入院が精神障害者の意思にかかわらず、本人の身体を拘束するものであり、精神障害者の人権に深い係わりを有するものであることから、同意入院の要件を厳格に定め、精神病院の管理者がその責任において、慎重な判断をなすべきことを要求しているものということができる。したがつて、精神障害者の同意入院については、精神病院の管理者による診察と診断、入院の必要性についての認定及び保護義務者の同意の三つの要件が必要不可欠であるといわなければならない。もつとも、精神病院が精神科医師を雇用して医療業務を行つている場合には、右診察を精神病院の管理者自らが行わず病院に勤務している他の医師に行わせることも許されようが、その場合においても、精神病院の管理者(医療法一〇条一項は、医業を行う病院の開設者は、医師に病院を管理させなければならないと定め、同法一五条一項は、病院の管理者は、その病院に勤務する医師を監督し、その業務遂行に欠けるところのないよう必要な注意をしなければならないと定めている。)は、他の勤務医師が行つた診察、診断の結果に基づき、管理者自らの責任において入院の必要性の判断を行わなければならないことはいうまでもない。

また、同意入院の要件とされている精神障害者の診察、診断、入院の必要性の認定及び保護義務者の同意は、いずれも入院措置を行う以前に、事前に行わなければならないものであり、これを欠く同意入院が違法であることはいうまでもないところであるが、仮に右要件を欠く同意入院が行われ、入院後に右要件が追完されたとしても、その場合には、追完後の入院状態が適法になると解し得る余地があるとしても、過去の違法な入院状態を適法なものに転換し得るものではないと解すべきである。

そこで、以下においては、右のような見地から、本件同意入院の適法性について検討することとする。

二本件同意入院の経緯

<証拠>によれば次の事実を認めることができる。

1  昭和四一年一二月初旬、被控訴人西武病院の職員が、控訴人の義母甲井みよを訪ね、控訴人の様子がおかしいので同人を預かつて静養させてほしい旨を申し入れたところ、甲井みよは、控訴人は自分の子でないので預かるわけにはいかないと言つてこれを拒んだ。しかし、甲井みよは、控訴人と面接してほしいとの西武病院の懇請に応じて、その二、三日後に西武病院へ赴いたが、その日は、控訴人の所在が不明であつたため、控訴人と面会することができなかつた。

2  昭和四一年一二月二九日、被控訴人西武病院の職員が再び甲井みよ方に赴いたが、同人と面会することができず、やむを得ず、その近隣に居住していた控訴人の叔母甲田とし子を訪ねて、控訴人を専門医に診察させ、その結果、控訴人に障害のあることが判明した場合には、控訴人を静養させることを懇願したが、同人は、自分の責任では何もできないと言つて、これに応じようとはしなかつた。

3  昭和四一年一月一一日、西武病院の職員は再び甲井みよに会いに行つたが、同人と会うことができず、やむを得ず、甲田とし子方に赴き、同人に、被控訴人西武病院の方で控訴人の症状を鑑定してもよいかと尋ねたところ、同人は、病院でよいようにして下さいと返答した。

なお、その際、西武病院の職員は控訴人の妹達の住所を尋ねたが、教えてもらうことができなかつたので、所轄の区役所支所へ赴き、転出届を調べた結果、控訴人の異母妹である甲見末子と甲間町子の住所を知ることができた。

4  昭和四二年一月一三日、練馬区福祉事務所のケースワーカー三輪和恵は、西武病院の要請に基づいて同病院へ赴き、同院長らに面接して控訴人の件について調査相談を行つた結果、都知事に対し、精神衛生法二三条による診察及び医療保護申請をするように助言した。

そこで、被控訴人西武病院は、昭和四二年一月一六日、都知事あてに右申請を行つた。

なお、被控訴人西武病院は、三輪和恵の右調査相談を受けたとき、控訴人の異母妹の所在を知つていたにもかかわらず、これを知らないと申述したため、右の申請書に付記されている三輪和恵の調査相談録の欄には、「本人の実兄弟等の居住についても不明である。」との虚偽の記載がなされた。

また、同申請書の「現在の症状」欄には、「昭和41年6月頃隣席の職員の机の上に潮(塩)をもり、のろい様の文面が書いて有つた。又出勤カードを自分勝手な時間に押したり、勤務室のドアーに理解出来がたい文面を大きく貼り出したり、過去院長の指示のみを聞き入れていたが、最近は院長を含め病院内の人の言葉を聞かなくなり、ますます個ママ立化して来た。尚病院内寮に自室が有るが勤務はしておらず、何をしているかわからない。」との記載がある。

5  昭和四三年一月一八日、控訴人は、被控訴人西武病院の前記申請に基づき東京都から西武病院へ派遣された精神鑑定医大倉正三の診察を受けさせられたので、直ちに、右事実を組合に連絡した。そして、組合が調査したところ、右診察を行つたのは、都の精神鑑定医であることが判明したので、組合は、被控訴人西武病院が、右のような措置を採つたことに抗議をした。

6  その後、被控訴人西武病院は、東京都衛生局医務部精神衛生課から、控訴人につき強制入院には該当しないが、入院治療を要するとの連絡表(乙第四号証の二、なお、右連絡表には、単純に入院治療の要ありと記載されているが、前記認定のように、大倉鑑定書には、控訴人には、精神分裂症の疑いがあり、詳細観察のため入院の必要があると記載されているのであつて、右連絡表の記載は大倉鑑定書の右趣旨と相異している。)を受け取つたので、練馬福祉事務所と相談した結果、同意入院の手続を進めることにした。そこで、昭和四二年一月一九日朝、被控訴人西武病院の職員が甲見末子宅に赴き、同人の同意を得ようとしたが、同人は居留守を使つて会おうとせず、さらに、甲間町子宅へ赴いたが、同人からも同意を得ることができなかつた。

そして、右職員は、甲間町子から控訴人の実妹甲沢照子の住所を聞き出すことができたので、同日午後三時半ころ、甲沢照子宅へ赴き、同人に対し、事情を話し、同意書に署名するように求めたところ、同人は電話で組合と連絡をとり、組合から拒否するようにとの指示を受けたので、右署名を拒否した。

なお、控訴人は、同日午後五時半ころ、甲沢照子に電話したところ、被控訴人西武病院が控訴人を精神病院へ入院させようとしていることを知り、その日は、甲沢照子宅に泊ることにした。

7  昭和四二年一月二〇日、被控訴人西武病院は、精神衛生法二一条による区長の同意を得て入院手続を進めようと考え、練馬福祉事務所に相談したところ、同事務所は、入院先に予定されていた山田病院から区長あてに同意申請書を提出するよう指導し、申請書の書式を教示した。そこで被控訴人の西武病院は、山田病院長山田禎一作成名義の「保護義務者同意願」(乙第一四号証)を作成し、これを山田病院へ持参して、同病院事務長による捺印を得た上で練馬区長あてに提出した。なお、被控訴人山田は、右事務長に右申請書作成の権限を与えたことはなく、右申請書が作成されたことを全く知らなかつた。

8  組合は、被控訴人西武病院が控訴人を精神病院へ入院させようとしていることについて抗議し、昭和四二年一月二一日、右の点を含めて交渉をし、同日午後三時過ぎころ、組合の副執行委員長中村法経が西武病院へ赴いたが、交渉相手の小西留一の身体の具合が悪いということであつたので、交渉を中止し、同日午後四時過ぎ同病院を引き揚げた。その際、小西留一は、中村法経に対し、控訴人の入院の件については、心配はいらないと言つたものの、同日入院させることについては全くふれなかつた。

一方、被控訴人山田は、昭和四二年一月一九日、都立梅ケ丘病院の五十嵐医師を介して、被控訴人西武病院から控訴人の診察を依頼されていたので、同年同月二一日平野医師を西武病院に往診させた。平野医師は同日午後四時ころ西武病院に赴き、病院関係者から控訴人の症状等について説明を受けた後、控訴人と面接し、前記第一、二、2、(三)、(2)において判示したような理由により、直ちに同人を入院させるべく同人を説得したが、同人がこれに応じなかつたので、同人の腕にイソミタール(睡眠薬)を注射して入眠させた上、同日夕刻同人を山田病院へ運び入院させた。

なお、入院についての区長の同意書は、被控訴人西武病院の職員が同日受領してこれを同日昼ころ山田病院へ持参した。

9  控訴人は、昭和四二年一月二三日、眠りからさめ、同日、初めて被控訴人山田の診察を受けた。

一方、組合の中村法経は、甲沢照子から控訴人が昭和四二年一月二一日に帰つて来なかつた旨の連絡を受けたので、被控訴人西武病院に問い合わせたが、控訴人の行方を知ることができず、翌二三日、練馬区の保健所を問いつめた結果、控訴人が山田病院に入院させられていることが判明した。そこで、組合は、再三にわたり、被控訴人西武病院に抗議をするとともに、同年二月二日、組合と同病院とが控訴人の第一次解雇に関して団体交渉を継続している最中に控訴人を強制入院させたことの不当性を抗議する文書を送付した。

10  控訴人は、山田病院へ入院させられた後、同病院の閉鎖病棟に収容されていたが、昭和四二年四月三日、開放病棟に移され、同月二二日、同病院を退院した。

なお、被控訴人山田は、控訴人の退院が決まりかけた昭和四二年四月三日、控訴人の退院後のことも考えて、甲沢照子から入院の同意書を徴した。

以上の事実を認めることができ<る。>

なお、前記4で認定した診察及び医療保護申請書及び調査相談録の記載中、塩盛り及びのろい文の件については、前記第一、二、2、(二)において判示したように、これを認めるに足りる証拠はなく、また勤務室のドアに、理解できない文面を大きくはり出したとの記載は、原審証人小西留一の証言によれば、乙第一〇号証の一、二のはり紙を指すものと認められるところ、同号証によれば、右はり紙は半紙大の紙に「御用件の方(カタ)は御遠慮なく御入り下さい。」と書かれているにすぎないものであることが認められるから、右申請書の記載には誇張があり(なお、原審における控訴人本人尋問の結果(第一回)によれば、控訴人が右のようなはり紙をしたのは、控訴人が勤務室のドアを閉めて中にいると、他の職員や患者が来ても控訴人がいるかどうかが分からないと思つて、右のようなはり紙をしたものであることが認められる。)、さらに、控訴人が勤務しておらず、何をしているかわからないとの記載についていうならば、控訴人は、前記認定のように、当時第一次解雇の処分を受け、右処分は撤回されたとはいうものの休職扱いになつていたのであるから、右記載は正確性を欠き誤解を生じかねないというべきである。

また、大倉鑑定書にも、控訴人の現症等として、前記申請書に記載されている、塩盛り、のろい文の件、はり紙の件及び同胞等の居住が不明であることなどが記載されているが、右は前記申請書の記載あるいは西武病院の説明をそのままに記載したものであると推認される。

三被控訴人山田の不法行為

1  入院の必要性についての認定判断

前記認定事実によれば、控訴人は、昭和四二年一月二一日夕刻、山田病院の管理者たる被控訴人山田による診察、診断及び入院の必要性についての認定判断を受けることなく、平野医師によつてイソミタール(睡眠薬)を注射され、その意思に反して強制的に山田病院へ入院させられたものであるが、平野医師の右行為は精神病院管理者による入院の必要性の判断を経ないで控訴人を強制的に入院させた点において精神衛生法三三条の定める手続要件に違反し、違法というべきである。

また、平野医師は、控訴人を山田病院へ入院させた理由につき、当審において、控訴人が同医師の問診に対して、控訴人に幻覚、妄想が存すると認められるような事実を述べていたので、控訴人には幻覚、妄想があり、これがいつ衝動的に爆発するかも知れない状態にあると判断したからであると証言しているが、控訴人が平野医師の問診に対して右のような事実を述べたことはなく、控訴人に右のような幻賀ママ、妄想が存在したと認めることができないことは、前記第一、二、2、(三)、(2)において判示したとおりであるから、平野医師が控訴人を入院させた理由として述べているところは、根拠を欠くものであり、同医師が控訴人を前記のような手続で山田病院に入院させたことについては、その必要性の判断につき大きな疑問が存するといわざるを得ない(控訴人の病歴、異常行動などからみて控訴人を精神分裂病であると診断すること自体は是認し得るとしても、控訴人をいわゆる同意入院の方法により強制的に入院させるについては、さらにその必要性の判断を要するのであり、その判断に当たつては、平野医師が証言しているような幻覚、妄想の存否が入院の要否の判断を大きく左右するものであろうと考えられる。)。

右のように、平野医師が控訴人を山田病院へ入院させたことは同意入院の手続に違反しており、また、入院の必要性の判断についても疑問が存在したのであるから、精神病院の管理者たる被控訴人山田としては、右の点について、自ら検討を加え、その責任において、入院の必要性について適正な判断をなすべきであつたにもかかわらず、被控訴人山田は精神病院の管理者としての右職責を十分に果さず、平野医師の右違法行為を漫然と容認し、そのまま、控訴人を山田病院の閉鎖病棟に収容したのであるから、被控訴人山田の右行為は、精神病院の管理者として違法であり、その責を免れることはできない。

この点について、被控訴人山田は、原審における本人尋問において控訴人を入院させる必要があると判断した根拠として、①平野医師の診断によれば、控訴人には、異常と思われ不安を感じるような行為があつたこと、②五十嵐医師からの電話で控訴人の西武病院における勤務状態を聞いていたこと及び③大倉鑑定医が入院治療を要するとの診断をしていたことなどを挙げているが、既に判示したように、平野医師の診断内容には重大な疑問があること、五十嵐医師は山田病院の医師ではなく控訴人を直接診察したものでもないこと、大倉鑑定医は精神分裂病の疑いがあり、詳細観察の必要があると診断したものであつて、控訴人が精神分裂病であることを確定的に診断したものではないこと及び同意入院の必要性は精神病院の管理者が自らの責任において認定判断すべきものであることなどにかんがみると、被控訴人山田が指摘する右の点は、いずれも被控訴人山田が精神病院の管理者として、同意入院の必要性を判断した根拠としては不十分であるというべきである。

2  保護義務者の同意

精神衛生法三三条によれば、精神障害者のいわゆる同意入院については、保護義務者の同意を要するところ、同法二〇条一項によれば、精神障害者の保護義務者は、その後見人、配偶者、親権者及び扶養義務者とされており、前記認定のように、控訴人には、実妹甲沢照子、異母妹甲見末子、甲間町子の各扶養義務者がいたのであるから、山田病院が控訴人の入院を受け容れるについては、右扶養義務者の中から保護義務者を選任し、その同意を得るべきであつたにもかかわらず、被控訴人山田は右の手続を一切行わなかつた。

もつとも、被控訴人西武病院が右扶養義務者らに対して右同意を求めたことが認められるが、右扶養義務者らは家庭裁判所の選任を経ていない以上保護義務者ということはできないのみならず、保護義務者の同意は、精神病院の管理者において精神障害者を診断し、入院の必要性があると認めた場合に、管理者自らが保護義務者に精神障害者の病状を説明してその同意を求めるのが本筋であつて、被控訴人西武病院が右扶養義務者らに対して右同意を求めるのは筋違いであつたというべきである。

しかも、被控訴人西武病院が右同意を求めた時点においては、山田病院の管理者たる被控訴人山田は、いまだ控訴人の診断を行つておらず、したがつて入院の必要性についての認定判断も行なつていなかつたのであるから、扶養義務者としては、右同意をなすべき段階にはなかつたというべきである(なお、被控訴人らは、当審において、前記扶養義務者らが控訴人の入院について同意したと主張するが、本件全証拠によるも、右主張事実を認めることはできない。)。

しかるに、被控訴人西武病院は、前記扶養義務者らの同意が得られそうにないとみるや、前記のように、右扶養義務者らの所在が不明であるとの虚偽の事実を申述して区長同意による入院手続を進めたものであるが、当時、被控訴人西武病院と控訴人とは、控訴人の解雇をめぐつて団体交渉中であり対立関係にあつたこと、及び控訴人の精神分裂病の症状は同人を緊急に入院させなければならないほど重大なものではなかつたことなどにかんがみると、被控訴人西武病院が控訴人の入院手続を右のように強行に進めたのは、控訴人の保護のためというよりは、控訴人を早急に西武病院から排除したいとの動機に基づくものであつたと推認される。

また、前記認定事実によれば、練馬区長の同意は、精神病院の管理者による診断及び入院の必要性の認定判断に基づいてなされたものではないこと、区長同意の申請書は、山田病院の管理者たる被控訴人山田名義でなされてはいるものの、右申請を実質的に行つたのは、被控訴人西武病院であり(同病院は前記のような控訴人を排除しようとの動機に基づいて右申請を行つた。)、被控訴人山田自身は、右同意の申請について何ら関与していないこと、また、原審における被控訴人山田の供述によれば、右同意申請書には大倉鑑定の結果が添付されていたものと認められるが、前記したように、大倉鑑定は控訴人の入院の必要性を認める根拠とはなり得ないことなどが認められるところ、前記区長は、これらの点を看過して前記同意をしたものと考えられる。

そして<証拠>によれば、被控訴人山田は、控訴人が山田病院に運び込まれてきた時点においても、保護義務者の同意の存否について無関心であつたことが認められ、これに反する証拠はない。

3 以上によれば、被控訴人山田は、精神病院の管理者として、自らの責任において控訴人の入院の必要性についての認定判断を行い、かつ適正な手続により保護義務者の同意を得るべき職務上の義務があつたにもかかわらず、右職務上の義務を怠り、控訴人を山田病院の閉鎖病棟へ入院させてその身体を拘束したものであるから右不法行為による責任を免れることはできないというべきである。

なお、前記一において判示したように、保護義務者の同意を欠く入院について後になつて右同意が追完されたとしても、これによつて過去の違法行為が適法になるものではないから、前記のように控訴人の実妹甲沢照子(保護義務者に選任されていたわけではない。)が控訴人の入院を後に同意したとしても、これによつて控訴人を違法に入院させた行為が適法になるものではない。

四被控訴人西武病院の不法行為

既に認定したところから明らかなように、本件同意入院は、被控訴人西武病院が企図し、その手続を進めたものであるところ、被控訴人西武病院が右のような行動に出た動機について検討するに、既に認定した諸事実並びに弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人西武病院は、第一次解雇処分を撤回したとはいうものの、控訴人を解雇する意思を放棄したわけではなく、控訴人が加入した前記組合との間で控訴人の処遇をめぐつて団体交渉を続けており、被控訴人西武病院と控訴人とは対立関係にあつたこと、被控訴人西武病院は、第一次解雇を撤回した後、控訴人の義母、叔母などに対して、当時西武病院内に居住していた控訴人を引き取るように要請したが、これが拒否されると、控訴人を強制的に精神病院へ入院させようとして東京都知事に対して精神衛生法二三条による診察及び医療保護の申請をしたこと(その際、被控訴人西武病院は控訴人の実兄弟等の居住は不明であると虚偽の申述をした。)、右申請に対して強制入院措置の必要がないとの結論が出されると、被控訴人西武病院は控訴人を精神衛生法三三条による同意入院によつて山田病院へ入院させようと企て、控訴人の実妹甲沢照子らの同意を得ようとしたが、これが得られないことを知るや、右甲沢照子、組合などの反対、抗議を無視して、区長同意による入院の手続を押し進めたこと、扶養義務者が二人以上いて家庭裁判所による保護義務者の選任がなされていないときは、精神衛生法二一条により、精神障害者の居住地あるいは現在地を管轄する市町村長が保護義務者となり得ると解されるとしても、精神障害者をその意に反して精神病院へ入院させる場合には、第一次的には扶養義務者の中から保護義務者を選任し、その同意を得て入院させるのが相当であるというべきところ、本件においては、前記第一、二、2、(三)(3)において認定したような控訴人の症状からみて、右のような手続をまたず、区長同意により入院させなければならない緊急の事情があつたとは認められないこと、被控訴人西武病院は、右同意入院の手続を進めるについて、入院先の山田病院の管理者である被控訴人山田の診察、診断及び入院の必要性についての認定判断がなされていなかつたにもかかわらず、控訴人を同病院へ入院させることを既定の事実として同意入院の手続を強引に押し進めたこと、そして被控訴人西武病院は右入院手続を進めていることを控訴人、その実妹甲沢照子などの親族、組合などに秘匿し、控訴人を山田病院へ入院させた後においても、右の者らに控訴人の入院先を教えようとしなかつたことが認められ、右事実に照らして考えると、被控訴人西武病院が控訴人を精神病院へ入院させようと思い立つたのは、控訴人の保護のためということよりは、控訴人を西武病院から排除しようとする意図に基づくものであつたと認めるのが相当である。そして、被控訴人西武病院は被控訴人山田の前記所為とあいまつて右入院手続を違法に進行させたものというべきであるから、控訴人が前記のように、その意に反して山田病院へ入院させられ、その身体を拘束されたことにつき、不法行為の責任を免れることはできないというべきである。

五損害額

1  慰藉料

控訴人は、前記認定のように、被控訴人らの不法行為により、昭和四二年一月二一日から同年四月三日まで、山田病院の閉鎖病棟へ入院させられて身体を拘束され、同年同月二二日同病院を退院したものであるが、被控訴人らの不法行為の態様、控訴人の山田病院内における状況、甲沢照子が昭和四二年四月三日山田病院へ控訴人の入院同意書を差し入れたことなど諸般の事情を考慮すると、控訴人が被控訴人らの不法行為によつて被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、金八〇万円が相当であると認める。

2  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本件訴訟を遂行するため、弁護士費用として、既に手数料三万円を支払つたほか、勝訴した場合の手数料及び謝金として取得額の一割五分を支払うことを約したことが認められるので、控訴人が支払うべき弁護士費用は一五万円となるが、そのうち被控訴人らが賠償すべき弁護士費用は一三万円が相当であると認める。

第四結論

以上によれば、控訴人の本訴請求中雇用関係存在確認請求は理由がなく、賃金請求は二七万四七七九円の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がなく、損害賠償の請求は、被控訴人らに対して各自金九三万円及びこれに対する昭和四二年一月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よつて、原判決は、右の結論に反する限度で失当であり、本件控訴は一部理由があるので、原判決を主文のとおり変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について、同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(森綱郎 高橋正 小林克己)

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